2005年12月01日

固定化したイメージ

 引き続いて、『小説「ハリー・ポッター」探求』より、感想的に書き留めておきます。
 第9章の「ハリー・ポッターの魅力――その精巧はどう説明できるのか」ではハリー・ポッターの変化について記しています。物語であり本であったハリー・ポッターが映画とともに商標化され統一化されていった過程について書かれています。好むと好まざるとにかかわらず、ハリー・ポッターの物語はすでに単なる物語として捉えることができなくなっています。映画以前はさまざまなイメージ・想像が可能だった物語が、映画を機に同じイメージを求められるようになった気がします。映画公開以前のファンサイトではさまざまなホグワーツの制服が描かれ、さまざまに異なるキャラクターの絵を見ることができましたが、映画公開後は映画のキャラクターの似顔絵的イラストが増えたと感じます。もともと挿絵がなく、各読者の想像にゆだねられていた部分が、映画化により固定されたイメージとなってしまったように感じます。この戸惑いが消化しきれていないため、映画についてはあまり語れないでいます。もう少し時間をあけて、公開終了何年後くらいに見直すときっといいのかもしれませんが……(映画については完全否定というわけではないことを付け加えておきます)


 つづく第10章については以前に引用しました部分(「ハリー・ポッターは本にあらず?」)にも同様に感じることですが、「多くの読者層にとっては、メディア・コンツェルン、ワーナー・ブラザーズのハリー・ポッター像から逃れることは容易ではなかろう。多くの読者層は、ハリー・ポッターについての自らの個人的な空想を奪われたと感じることだろう。」(『小説「ハリー・ポッター」探求』P198)という部分を実感します。すでにわたし自身も映画のイメージから逃れられなくなっているような気がします。映画でこうだったという映像・イメージが一般化してハリー・ポッターであるということになり、そのイメージを共通事項として話すことが前提のような感じがあります。例えばダドリーが豚に金髪のかつらをかぶせたみたいというイメージよりも、映画の俳優と結びつく人が多いように思います。
(ダドリーの描写については1巻P35)
 ハリー・ポッターは映画によって一般的な概念が出来上がったといえるのではないでしょうか。すなわち、「ハリー・ポッターを知っている」=「ハリー・ポッターの映画を見た」ということだと言ってもいいかもしれません。本を読んでいないけども話を知っている人は多いのです。

 それでも、わたし自身にとって唯一嬉しかったのはアズカバンの映画でバタービールが出てこなかったことかもしれません。これでバタービールは完全に読者のものになった気がします。読者の数だけバタービールの味があり、様々に解釈して「これはバタービール」と言っていいのですよ、ね? 冬に向けてまたバタービールの魔法の秘密風、がんばろうと思ってしまうのでありました。

  謎だから、わからないから、考えて想像して――時にははっきりさせないで曖昧のままにしておくことも時にはいいものだと思いませんか?
posted by kmy at 19:20| Comment(7) | TrackBack(1) | 物語周辺考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たしかに
Posted by katu at 2005年12月01日 22:04
たしかにバタービールが映画でやらなくてよかったですね。ハリーポッター読者の合言葉は「バタービール」ですね。監督もその不思議な味と姿は表現できなかったのなもしれませんね。資料が少ないし。
Posted by katu at 2005年12月01日 22:07
katuさん、コメントありがとうございます。
映画として確定されなかったことで、余計に不思議な雰囲気を高めたような気がします、バタービール。
映画で見たかった気もしましたが、本のファンとしては本の楽しみとして残っていくと思うと嬉しいです。

Posted by kmy at 2005年12月02日 09:39
ええ。私も同感です。
友人との間にハリーポッターの話で盛りあがる時に、やはり俳優の方々が固定的なイメージとなり、イメージを膨らますということができないようですね。 それに原作を読んだ事がないという方もいらっしゃいました。
読書の中には無限の想像があり、言ってみれば「なんでもあり」ですよね。ダドリーが豚に金髪をかぶせたみたいなイメージでもいわけですよね。そこが読書の良いところであるのでしょう。
私自身お結構固定されたイメージを持ってるかもしれません。
でもやはり、本の中では自分のハリーがいます。
バタービールに乾杯!!
Posted by 朔夜 at 2005年12月17日 21:56
朔夜さん、コメントありがとうございます。
そうなんです、どうしても本よりも映画のイメージが先行してしまって、ハリー・ポッターというと、一般的には「あの映画の?」という話につながってしまいます。もっと本の奥まで探りたいと思っているのですけど。
本の中には自分だけのものがあります。
それは他の誰かと共有できないものではあるかもしれないけども、この本を通して自分が感じ取ったものは譲れないかも、と思います。誰にとってもハリー・ポッターはハリー・ポッターということばにしかならないけども、それぞれ抱くものは少しずつ異なっている、そのことは大事にしていきたいと思います。

まもなくクリスマスですね。バタービールでこちらも乾杯!
Posted by kmy at 2005年12月18日 13:20
映像は共有できるけれど、本の想像というのは、それぞれ異なったものを抱いているからこそ話題にしにくいのかもしれませんが、そこには読者の数だけの「魔法の世界」が広がっているのかもしれません。 誰にも譲れない際限のない世界があるからこそ「魔法」なんじゃないでしょうか?
映画を否定するわけではありません。が、しかしメリットもデメリットもありますよね。
より多くの方々に「ハリーポッター」を知っていただけるのは良い点ですよね。
それをきっかけにして本にも手をのばしていただけると嬉しいな、というのが本音ですがね。

クリスマスは過ぎましたが、Merry Christmas.
そして、もちろんバタービールで乾杯!


Posted by 朔夜 at 2005年12月26日 15:39
朔夜さん、メリークリスマス♪
映画のメリット、デメリット、一概にいいとも悪いとも言い切れない側面がありますね。
本に手を伸ばす「読者」が増えること、それが一番嬉しいことだと思います。
自分の中ではしっかりと魔法界が存在しています。そう、それこそ魔法なんですよね。
お話聞かせてくださいましてありがとうございます。

わたし自身は一度クリスマスプディングを食べてみたいところですが、ドライフルーツ嫌いの家族が多いのでなかなか実現しません。こちらもどうぞ、想像の中でご一緒にいかがですか?
バタービールで乾杯しながら♪
Posted by kmy at 2005年12月26日 19:07
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映画の功罪:ハリー・ポッター
Excerpt: Oil Painting のほうに、イラストを数点追加しました。 科学忍者隊5人(私服)と久々のハリポタ(トム・リドル)。 ハリポタ関連のイラストは長らく描いていませんでしたが、こないだ映画(..
Weblog: B-Oil Paninting
Tracked: 2005-12-19 16:31
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