2006年06月06日

6巻翻訳版「気になった表現」

 翻訳版ハリー・ポッターを読み終えました。「翻訳」されたことを意識して読んでしまうため、どうしても気になる箇所が出てきます。また以前の巻を読み続けていると、前の巻と文体の差などが最初に読んだときに結構引っかかるものです。5巻のときにはこれまで訳語を漢字+カタカナの英語読みで記されていたものが、殆ど日本語の漢字のことばに単なる読みがなに変更されていました(例:守護霊(パトローナス)、死喰い人(デス・イーター)など)。さて、今回も最初に読んだときに気になったことを少々メモしてみました。


■inferi(単数形inferius)の訳語
 このことばは辞書を引いても載っていない単語です。そのためどんな造語を日本語で考えてくるだろうか、と楽しみでもありましたが、「亡者」でした。「亡者」と聞くと死者のイメージがすぐに沸いてしまいます。英語圏の人はすぐにわかるのでしょうか? 最初のパンフレットの文では新しく出てきた不可解な闇の生物でした。ハリーもよくわからなかったので、4章でダンブルドアに説明を求めて初めてわかる、という感じでしたので、「亡者」という単語が結構ありきたりな印象でした。
ちなみに、inferiの語源はラテン語由来で"Inhabitants of the Underworld"(地下の居住者)"those down below, the dead"(地下に属すもの、死んだもの)という意味だそうです。

参考サイト:
Harry Potter and the Half-Blood Prince Latin Spells and Charms
What's in a Name?


■U-NO-POOの訳語
 You-Know-Who(例のあの人)をもじったことば、U-NO-POO。POOは幼児語で「うんち(をすること)」とあります。そのあたりを汲んで「ウンのない人」という訳になっているようです。一応「例のあの人」「ウンのない人」と似たような感じにはなっていますが、翻訳だけ読んだ友人が「例のあの人」と「ウンのない人」がしゃれになっているとは思わなかったと言っていましたが、面白く訳すというのは本当に難しいところだと感じます。


■Felix Felicisの訳語
この幸運の薬は特に漢字の訳語がつきませんでした。そのまま読みで「フェリックス・フェリシス」語源はラテン語で「幸運、幸福」の意味を持つ単語。"Felix"は単数主格、"Felicis"は単数所有格(属格)にあたるとのこと。つまり、「幸運の幸運」という意味になります。英語にすると"luck of luck"ということです。

参考サイト:
Harry Potter and the Half-Blood Prince Latin Spells and Charms


■Horcruxの訳語
Horcuruxはハリーがスラッグホーンから記憶を引き出すまで謎のことばでした。訳語は「分霊箱」。Felix Felicisがそのままカタカナ表記だったのでホークラックスもカタカナのままかと思っていたら漢字の訳語がついたので驚きました。魂を分割して保管するものを指すことばなので「霊」が少々違和感。魂は分離すると「霊」という意味なのでしょうか。Horcuxの語源については調べて別記事にしてあります。


■ankleはやっぱり「踝」
 以前ブログで紹介したankleについてですが、今回も「足首」という訳語はなく、「踝」で統一されていました。「足首」は使わないのかな?と。

マントが踝(くるぶし)あたりでひらひらしていたので
(上巻P188)
「マント」がはためいたとき、間違いなく踝(くるぶし)から先がむき出しになったと感じたからだ。
(上巻P227)
ロンはまるで見えない釣り鉤で踝(くるぶし)を引っ掛けられたように、逆さまに宙吊りになっていた。
(上巻P360)

 そして再び「踵」と混同した部分がありました。この原文ではankleです。

実は、クリスマス・ディナー用のにんじんを引き抜いていたフレッドの踵(かかと)に咬みついた、庭小人なのだ。
(下巻p13))

... who knew that the angel on top of the tree was actually garden gnome that had bitten Fred on the ankle as he pulled up carrots for Christmas dinner.
(UK版P309)



■表記の揺れ
表記の揺れも以前から目につきましたが、今回も細かいところですがありました。

James:ジェイムズ(上巻P221)通常はジェームス

treacle tart:糖蜜タルト(上P248)糖蜜パイ(上P277)
糖蜜パイというお菓子が出てきたときから気になり作ったこともありますが、1巻で「糖蜜パイ」5巻で「糖蜜タルト」と記され、6巻でも表記が定まっていない印象をうけました。個人的に糖蜜パイが1巻を読んだときから気になるお菓子なので同一の訳にして欲しいと感じます。


■手紙の文体
少々翻訳で気になったのが手紙の文体。ダンブルドアの手紙はダンブルドア口調一人称「わし」で書かれています。「招待がきておる」「会いましょうぞ」という話し言葉口調を反映した翻訳になっています。ダンブルドアはハリーと親しいので手紙も「わしは」と書くのでしょうか。ちなみに1巻の第12章で透明マントをハリーに返すときに手紙を添えていましたが、こちらは「私」を使っています(誰からかわからないという設定だからかもしれませんが、「きみ」「君」の違いなども気になる)。
君のお父さんが亡くなる前にこれを私に預けた。
君に返す時が来たようだ。
上手に使いなさい。
 メリークリスマス
(1巻P295)

 きみの都合さえよければ、わしはプリベット通り四番地を金曜の午後十一時に訪ね、「隠れ穴」まできみを連れていこうと思う。そこで夏休みの残りを過ごすようにと、きみに招待がきておる。
(6巻上P66)

また、ハグリッドの手紙もハグリット口調で訳されています。1巻の手紙の口調はかなり丁寧です。
 金曜日の午後は授業がないはずだね。よかったら三時頃お茶に来ませんか。
(1巻P201)

 3巻でもハグリッドの手紙があり、そちらも同様にハグリット口調で訳されていましたが、よく原書を見てみると、ハグリットの会話文はなまりがありますが、手紙はなまっていないのです。
I know you're not supposed tp be out that late, but you can use the Cloak. Would'nt ask but Ican't face it alone.
(UK版P440、ハグリッドの手紙より)

そんな遅くに出て来れねぇってことは知っちょる。だが、おまえさんたちは「マント」が使える。無理は言わねえが、俺ひとりじゃ耐えきれねえ。
(下巻P227)



■凝ったフォント
 3巻では新聞記事、手紙などは枠の囲みのないものがありましたが、今回は統一して枠で囲むようになっていたように思います。ダンブルドアの文字、ハグリッドの文字、新聞、呪文など、何種類ものフォントを使い分けているようですが、統一感がないようにも感じられます。ハグリッドの手書き文字について1、3、6巻を参照しましたが、全て異なるフォントで刷られているようです。オドの詩は音痴のスラグホーンが歌ったということで震えたような字体のフォントが使われていますが、読んでいるだけで寒気がします。ある意味効果が出ているのかもしれません。

■10代の会話?
 ハーマオニー17歳、ハリー16歳の6巻ですが、気になるのは会話での言い回し。

「そのときに、スラグホーンを懐柔してごらんなさい!」
(下巻P229、ハーマイオニー)

「そうすれば、両親の墓に詣でることができる。そうしたいんだ」
(下巻P503、ハリー)

 現代の10代らしくないような印象の台詞でした。


■ちょっと気になった訳
下手人(上巻P23)原文:who did itとhim(P19)
手水場(上巻P104)原文:bathroom
チェーンに銀の符牒(上巻P169)原文:silver symbols on chain(P108)
若様(上巻P191)英語ではsir
哀れな仏(下巻P250)原文:the poor creature(P452)
ロンやジニーやほかの選手たちと一緒にクィディッチ競技場へ行けるなら、世界中のフェリックス・フェリシスを、熨斗をつけて差し出してもいいほどの気持ちになっていた(下巻P322)
Harry would have gladly exchanged all the Felix Felicis in the world to be walking down to Quidditch pitch with Ron, Ginny and others.(P496-497)

 意訳しすぎではないか?と思う部分です。少々時代劇風の雰囲気を感じます。

■なるほど!と思った翻訳
上手く表現されていると感じた訳語ももちろんあります。
第3章タイトル"Will and Won't" 「遺志と意思」はうまいと感じました。

 気になった箇所をとりあえず挙げてみました。とはいえ、物語の内容が違っているわけではありませんので、じっくり読んで考えていく予定です。
posted by kmy at 15:59| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回初めて原書を読み、その後邦訳を読みました。
ずっと邦訳に馴染んできた私にとっても、やはり多少気になる点がでてくるものだと思っています。
元々古風な言い回しは結構あり、以前は気にならなかったのですが、今回原書と比較するとなぜここで?という気はしました。
表記の揺れについては改善して欲しいところです。5巻で「姿をくらます飾り棚」だったのに、6巻で「姿をくらますキャビネット」というのも
重要なアイテムだけに残念です。
「遺志と意思」は私も感心しました。
「U-NO-POO」の面白さを完全に伝えるのは難しいですね。ここ、kmyさんがどう感じるか気になっていました(笑)
Posted by 二尋 at 2006年06月07日 21:26
二尋さん、コメントありがとうございます。
一回目の翻訳読書では、どうしても荒さがしみたいになってしまって、自分でもちょっとやりすぎとは思うのですが、気になる点を挙げておくと後であれこれ参照しやすかったり、受け入れやすかったりします。
「姿をくらますキャビネット」は当初それほど重要とは思われていなかったのでしょうね。細かいところで訳語が揃っていないと後でずれが生じる例のように感じました。"U-NO-POO"は最初に訳した「例のあの人」に揃えていることが読者に伝わっていればいいと思います(難しいところですね)全て揃ってから訳せばまた別の訳語もでるかもしれませんね。
Posted by kmy at 2006年06月08日 10:37
ここはいつから反・松岡佑子サイトになったのでしょうか?
最近このサイトの記事を拝見していると松岡さんの翻訳にケチをつける内容ばかりですね。

確かに騎士団下巻第20章冒頭の「スカーフ」はマフラー又は襟巻きと訳すべきでは?という指摘はそうかもしれません。だからと言って「これも誤訳じゃないか」「この表現もおかしい」と立て続けに指摘するのはいかがなものでしょう?そしてまた「翻訳版6巻読み終えました」と言って最初に発表する記事の内容がこれですか?これでは「松岡さんの翻訳のあら探しをするために日本語版を読んだのか?!」と思われてもしかたないのではないでしょうか?というかそうなんですよね?

この日本には仕事や家事が忙しくて原書どころか日本語版を睡眠時間を削って読んでいるという人が沢山いるんですよ。それなのに・・・

私も読み終えたあと今第6巻を再び最初から読み返しているところですが睡眠時間を削って読んでいます。大多数の日本の読者は松岡さんの翻訳した本を読む以外の選択はないんです。一体そういった人達の不安感(ちゃんと訳してくれているのだろうか?)を増幅させるような記事をあと何件発表すれば満足されるのでしょうか?
Posted by トキメキぼーい at 2006年06月08日 20:45
トキメキぼーいさん
「ちゃんと訳してくれているのだろうか」という不安を感じるのであれば、原書や当サイトの記事を参照していただければよいかもしれませんし、翻訳文に全幅の信頼を寄せているのならば、当サイトの記事を読むことはもちろん不要です。
日本語版は「翻訳」ですので、最初に読んだときはどうしても訳語に目が行きます。6巻を最初に読んだ物語そのものの感想はサイトにあります。
Posted by kmy at 2006年06月09日 10:37
 お久しぶりです。この頃忙しくてパソコンに向かう時間もなかなか取れずにいました。久々に来てみたらずいぶんすすんでましたね。
 U-know-POO=ウンのない人は思わず笑っちゃいましたし、私的には「分霊箱」はなかなか上手い訳だと思ったのですが、kmyさんのおっしゃるようにラテン語的響きを反映してカタカナ表記にすればという考えにも納得させられます。
 前々からハリーには何かしら古めかしい雰囲気が漂ってるなと感じていたのですが、(魔法使い=中世)のイメージかなとも思ってました。
 kmyさんがあげたリスト見るとひとつひとつの訳で古臭いものありますね。古めかしいイメージはその辺から来てるのかもしれませんね。
 
 
Posted by ぴぐもん at 2006年06月09日 16:02
ぴぐもんさん、コメントありがとうございます。
どこまで訳すかというのは翻訳者にとってもきっと難しいところなのでしょうね。松岡さんは出来るだけカタカナ表記をさける方向を採用したのだと感じています。個人的には3巻あたりまでの「日本語(漢字)+音のカナ」の書き方が好きです。煙突飛行粉と書いてフルーパウダーとか。これも読者の好みが別れるところで、わたしの方が少数派かもしれません。



Posted by kmy at 2006年06月09日 16:52
はじめまして。ハリポタファンの一人です。
訳について、ですがこれは基本はみな一緒だろうけど受け取り方の違いが個人で多多あるのでしょうね。
でも翻訳だけを読んでも(というかそれしか読めない)気がつかなかった作者のユーモアがこちらでわかってなんかうれしいです。
翻訳も困ったでしょうね。
どこまで訳したらよいのか、悩みに悩んでいるのでしょうね。
出版のあとで「こうしてほしい」と要望があったのかもしれないし
その巻を訳した当初と今では常識も変わってきたところがあるのかもしれません。
たとえばキャビネット。
小学校低学年で何のことかわからない子もいます。
私の親戚(東北にすんでいます)の子が小学一年生ですがわかりませんでした。
でも「かざり棚」だとなんとなく想像つくそうです。
でも都会の子はキャビネット、がすぐわかるし・・・。
表記の統一はぜひ私も希望します。
あとで変わった場合、カッコなどで前巻までの表記があるとうれしいな、と思いました。
Posted by さじゅ at 2006年06月23日 15:13
さじゅさん、はじめまして!
コメントありがとうございます。どこまで訳すかというのも翻訳者の裁量によるところが大きいと思います(海外では名前も意訳していたりしますし)。
後の巻の内容によって訳語を変更することは止むを得ないことだと思いますが、漢字+音のカナで訳していたものを、4巻後半以降で殆どが漢字+その読みになったのが気になっています。(変更の理由などがあれば知りたいところなのですが)個人的には吸魂鬼と書いて「ディメンター」と読むほうが好きです。
後で変わった場合に、おまけの紙に書いてあればわかりやすいのに、などとわたしも感じました。
翻訳者に全てを求めるのではなく、あれこれ調べて内容を深めていく楽しみがあると思えば、ハリーもその場限りの本としてではなく楽しめますね。

記事が多少なりとも参考になったようで光栄です。
Posted by kmy at 2006年06月25日 10:01
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