2008年02月20日

映画「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」

 今頃ではありますが、「不死鳥の騎士団」のDVDを見ました。このところ5巻はほとんど読んでいないので、新鮮な気分で見ることができました。
B000WGUSUEハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(1枚組)
ダニエル・ラドクリフ デイビッド・イェーツ
ワーナー・ホーム・ビデオ 2007-11-21

by G-Tools


【全体を通しての感想】
 映画も5作目ですが、いかに辻褄を合わせるかというのが大変だと感じます。端折るのではなく、再構成させる苦労を感じます。クィディッチのシーンなどは削られていますが、仕方ないかな。ロン、ハーマイオニーの監督生とかも削られていましたが、パーシーは少しながら出演していて、なんだかほっとしました。本を読んでから見るとああなってこうなって、と予想しながら見てしまいますが、その時々で2時間強という時間に収めるべくエピソードを削り、人物を削りながらも大局から外れて行かないようにしてあるなあ、と感じる映画です。さまざまなエピソードが省かれて、ある人物が担っていた役割を別の人物に与えるという演出も、考え抜いてのことなのでしょうね。マリエッタの役どころがチョウに。セストラルについてのハグリッドの役割がルーナに。そしてペンシーブが使われるはずの場面も、うまいこと、ハリーが偶然見てしまったという感じに変わっていました。「炎のゴブレット」で石の洗面器を想像していたら「洗面台」だったので、あれをスネイプ先生の部屋に持って来れないだろうという心配は無用でした。
 ダンブルドア先生がなんとなく怖い感じがします。4作目も見直したのですが、威圧的な言い方に感じました。自分のイメージでは声を荒げたりしない感じがするので。
 気に入ったのはDAに来ていた黒髪の少年。映画サイトで見られる集合写真の向かって一番左側にいる俳優さんです(よくみかけるこの写真です)。個人的にはハリー、ロンより素敵ですね。
 ダドリーの成長には驚きです。ビッグDと呼ばれて違和感ない雰囲気がありました。
 スネイプ先生の記憶のシーン、ジェームズがかなり悪人に見えました。口元なんが歪んでいるし。あれで大丈夫なのだろうか。ハリーを含め観た人かなりショックでは?
 ルーナの持っているクィブラーの記事はほとんど読み取れず。気になるなあ。

【エンドロールに注目】
 DAの黒髪の少年は、ホッグスヘッドでジニーの隣に座っていたのでマイケル・コーナー可と思い(5巻上P548で「髪の黒いほうよ」と言われていますしね)、エンドロールを見たのですが、マイケル・コーナーという役名ではありませんでした。俳優さんはRyan Nelsonで、役名は“Slightly Creepy Boy”となっていて、直訳すると「少々むかつく少年」だって! 金髪のハッフルパフの生徒はNick Shirmが演じエンドロールの役名では“Somewhat doubtful boy”となっていて、「いくらか疑っている少年」だそうです。こちらの少年は「ザカリアス・スミス」役だろうとしてWikipediaのHogwarts studentsに紹介されていましたが、“Slightly Creepy Boy”はそのままでした。

 次に気になるのはダドリー軍団。ダドリーを抜いて4人います。本ではマルコム、ピアーズ、ゴードンの3人となっています。1人多いな、と思ってエンドロールを見ると、ピアーズとマルコムは役名として出てきていますが、ゴードンはいません。誰が誰なのかいまひとつわかりませんが、残りの二人は役名なしのようです。ゴードンではないんですね。その他友だちってことで。

 スネイプ先生の記憶に出てくる学生時代のジェームズたち。ジェームズ、シリウスは明らかにこの人だろうとわかりましたが、あとはいまひとつ分かりません。後ろのほうで女の子がいて笑い声が聞こえますが、これはリリーではないと思います。リリーはたっぷりした赤毛という設定で、スネイプをかばう役割で間違ってもあのシーンを笑ったりしない人物だと思います。WikipediaのImage:Jameslilyharryootpmovie.jpegという画像がありますが、こちらに映っているのがおそらく学生時代のリリーなのだと思います。エンドロールをみたところ、学生時代のジェームズ、シリウス、リーマス、ピーターの役名&俳優さんは出てきましたが、リリーはいませんでした。ということで、あの女子学生はリリーではないと思っています。ジェームズのただの取り巻き?かも。

 
参考サイト:List of Harry Potter cast members
posted by kmy at 11:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わたしも昨日やっと5巻のDVDを観ました。わたしも5巻はほとんど読み返しをしていなかったので(一番好きでない巻なので)、新鮮な気持ちで見ることができました。

やっぱり映画だと展開が平面的だと思いました。本だとちょこっと伏線が現れて、その後別の話になって、そしてまた少し伏線が張られて、それが展開していくという形ですが、映画だと1つの逸話が出ると、それをそのまま展開していき、別の逸話に映ると、その話がまた展開していくという形のようです。織物を織るように縦糸と横糸が交差していくという原作の展開の複雑さがすっかり失われていました。まあ、限られた時間でわかりやすくストーリーを説明するにはそれしか仕方がないのでしょう。

特に原作を読んでいると、駆け足という感は否めませんね。新聞やホグワーツの掲示板などは見出しを全部読み取る時間もありませんでした。kmyさんのおっしゃるクィブラーの記事については記憶もないくらい。今度はもっと注意して見てみたいと思います。

7巻で重要な役割を果たす両面鏡について全然触れられていませんでしたが、7巻の映画を作るときにどうするのでしょう?映画の一貫性といえば、ディメンターのイメージが3巻のときと異なるような気がしたのですが、わたしの記憶違いでしょうか?

今度見るときには、“Slightly Creepy Boy”に注目してみたいと思います。映画のルーナはわたしのイメージとは違いましたが、かなり気に入りました。わたしだったら、キングスリーにはColin Salmonを起用したのですが。彼のほうがずっと話し方も見た目も知的で、マグルの首相側近としてもずっと説得力があったように思います。トンクスもイメージが違いましたが、今後に期待かな?
Posted by みちえ at 2008年04月11日 01:10
みちえさん♪
コメントありがとうございます!
映画のDVDは借りて見ました。個別に購入するよりも、最後にセットで買ったほうがお得のような気がしてきて、購入していないのが、映画ファンではない証明になってしまいそうですが……。

5巻は読んでいて苦痛な感じでしたが、映画で見るとそれほどの嫌な感じはなかったと思います。
ハリーのいらいらした感じも少なく、あっさりと結末に向かっていくような印象でした。
ディメンターについてはうーむ、どうだったかなと思い、少々検索してみたのですが、騎士団のほうはフードがないらしいようです。(確認できなくてすみません)

最終巻で重要になるアイテムがでてきていないようで、わたしも気になりました。ロケットも出てきた?と気にしていましたが、わかりませんでした。
まだ2作残っていますが、最終的につじつまを合わせながらというのは本当に難しいと思います。
Posted by kmy at 2008年04月11日 17:53
ロケットは現れなかったように記憶していますが、kmyさんの記事を拝見して見落としたシーンが多いことを痛感した後だけに自信がありません。

昨日は4巻のDVDを見直しました。kmyさんがダンブルドアについてコメントされていたので、その点に注意してみていたのですが、同感です。マイケル・ガンボンの役作りなのか、それとも監督の指示による演出なのか?わたしもダンブルドアはどんなことがあっても声を荒げるようなタイプではないと思っていました。前のダンブルドア役のリチャード・ハリスのほうが、ダンブルドアのお茶目なところがよく表現できていたような気がします。ダンブルドアの目の奥に常に光っていたユーモアと茶目っ気がリチャード・ハリスにはあったように感じました。

kmyさんがおっしゃっている「人物が担っていた役割を別の人物に与えるという演出」というのが4巻でも見られました。ドビーの役割がネビルに代わっていたようです。やっぱりシーンを省いてもオリジナルのストーリーを保つためには、必要になってくる技なのでしょうね。

個人的には、4巻の映画のほうが5巻のより、よく出来ていたように思いました。

それから、5巻の「ペンシーブが使われるはずのシーン」についてですが、どのような経緯で「ハリーが偶然見てしまった」のかわたしにははっきりとわからなかったのですが、閉心術のレッスン中、うっかりスネイプが自分の記憶をハリーに見せてしまったのでしょうか?だとしたら、ヴォルデモートにすら心を見破られなかった閉心術の達人スネイプには、あまりにもありえないことのように思いました。
Posted by みちえ at 2008年04月11日 23:38
みちえさん♪
映画は本とは別物とは言われますが、やはり思っているイメージと違う部分は目につきます。
監督が変わることで、構成もかわりますよね。
1、2作目は本当にあらすじという感じでしたが、その後は再構成という感じになっているので、このままラストでうまく合わせていくのは大変だと思いました。
映画だけ見てつじつまが合ってストーリーがつながっているとわかるかどうか気になります。
(原作の筋で補ってみている部分があるので)

ダンブルドア先生はめがねをかけていないときもあって、めがねはトレードマークのように思っていたので、そこも気になりました。これも意図的な演出なのかな?と。

4作目の映画でペンシーブが洗面器ならぬ洗面台として登場したので、あれをスネイプ先生の部屋に持っていくのはできないと思っていましたが、結局5作目の閉心術の個人レッスンで、偶然ハリーが記憶を垣間見たという感じになっていました。最終巻でつながってくると思われるような、スネイプとリリーの関係的な記憶の場面が省かれ、リリーがスネイプをかばうところや、「穢れた血」発言もなく、いいのかなあ?と思ったのですが、そこは映画のストーリーからするとさほど重要ではないということでしょうか。
リリーの重要性は唐突に示されるだけなのかな?とそこも気になっています。
6作目のスラグホーンの話で触れたりするのかもしれません。

映画は原作から時間がたって少し落ち着いたときに見たほうが楽しめると思いました。
Posted by kmy at 2008年04月12日 18:18
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